雑記帳(Sep,1998)

 言い方を変えると、日記とも言います。
 もうすぐ、秋なんですね。
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1998年9月30日(前期終了)

 前期が終わったので、その記念?でカラオケに行く。
 入った時間が早かったので、安い安い。
 5人で3時間歌って一人320円。

 で、そのあとにゲーセンで犬福*1をやってみた。

 かっ、、かわいい(笑)

 かわいいぞ、犬福。
 とりあえずはあかりかマルチ、あるいは澪かみさき先輩の頭の上に乗せてみるとよさそうだ。
 長森の頭に乗せても困ってくれそうで、いいかも(笑)*2


1998年9月29日(すごいよ!タカノリさん)

 昼、サークルで集まる部屋に行くと、祭氏(仮名)が大きなたこ糸の固まりを持ってきた。
 何本かの糸が絡まったものらしく、氏はそれを暇つぶし用に持ってきたらしい。
 面白そう、だった訳ではないと思うが一緒にほどき始める。12時半頃だったと思う。
 日里氏とごとき氏(共に仮名)も参加し、4人で延々とほどき続ける。
   :
   :
 ほどき続ける。
   :
   :
 気が付くと3限が始まっていたりしたが、ほどき続ける。
   :
   :
 なんだか周りに誰もいなくなってしまったけど(以下同文)

 結局ほどき終わったのが2時少し前。
 1時間半近くずーっと糸の固まりと格闘していたらしい。
 たまにはこういうのも、ね。

 夜、ネタは前々から出来ていたのにメロディーがよく分からなくて完成させることが出来なかった
「抱いてHold on me!」の替え歌を完成させる。

 明日英語の試験?

 たぶん気のせい。


1998年9月28日(マジック消滅(泣))

 マジック消滅なのである。
 うむむむむむむむむぅ。

 ところで、カプコンの新作「ハカイオー」をちょっとやってみた。
 70年代アニメ風ロボットがたくさん出てくるスーパーロボット大戦みたいな格ゲーである。
 ストーリーモードでやってみるとなんか「それっぽい」ストーリーが展開されて笑えるのだが、
 いまいちこう、爽快感にかける気もした。

 その理由の一つはやはり「ミサイルが前に飛んでいかない」という事であるように思う。
 その点に置いてやはりナムコの「TOKYO WARS」(戦車シミュレータ)やセガの「VIRTUAL-ON 2」のほうが
 やっていての爽快感があるかなぁ。
 もっとも、私が通常の筐体のレバーとボタンで動かすというのになじんでいないというのもあるが。
(先程上げた二つのゲームは共にちょっと特殊な筐体である)


1998年9月27日(ありがとう、大野選手(カープ))

 大野選手の引退試合、横浜は負けてしまったけど大野選手のためにもがんばった広島が偉いやね。

 で、今日はメーリングリストの方の結婚式の二次会オフ(笑)に行って来ました。
 PEEF、と名付けられた壮大な計画を見に行ったという感じもありますが。

 このたびめでたく結婚されたN中佐(仮名)は制服、メイドに造詣の深い方でもあり、
 そのMLの管理人でもあるT准将(仮名)がML内で有志の寄付を募り
 計画されたのが「PEEF」です。
 PEEFとは「プロジェクト・エプロン・エプロン・フリルつきっ☆彡」の略称であり、
 中佐と奥様に「フリルのある明るい新婚生活」を送っていただこうというものです。

 新婦さんが大変ノリの良い方で、中佐と一緒にエプロンを付けて下さいました。
(贈られたエプロンは総計3着)

 そういえば、26日から27日にかけてのあたりで1000カウントを達成した模様です。
 ありがとうございました。


1998年9月26日(母校の体育祭に行く)

 大船にある母校の体育祭に行く。
 まあ、メインはそのあとなのだが。

 いつも通り駅前のファーストキッチンで1次会のあと、後輩などを連れてカラオケへ。
 今回は以前にもマルチのネタで登場したさい君(仮名)と遊ぶというのがメインだったが、
 そのさい君、歌が異様に上手いという新事実が発覚。
 声変わりしていないのでCarpentersのカレンの声がばっちり出たり、
 Candle in the wind 1997を本人(エルトン・ジョン)より高い声で歌ってみたりと縦横の活躍。
 満場(キャパ6人の部屋に10人ぐらい居た(笑))の拍手の中、帰っていきました。
 ありがとう、さい君。今度またカラオケに行こう(笑)

 カラオケが引けた後(8時過ぎ)、やうち氏、べん氏、竜氏と共に飲み屋に入って2時間語る。
 当初はべん氏の自爆話(なんかWHITE ALBUMの美咲さんのような立場の恋をしているらしい)とか、
 そういう話だったがいつも通りだんだんと哲学的な方向へ。

 テーマは「永遠」そして「ゲーム理論(ウィトゲンシュタイン的な方)」。
 みんな思想ごっこが大好きなので(笑)非常に盛り上がった。
 詳しくはそのうちべん氏のサイト(アドレスはまだ知らない)で展開される予定。
(結果、竜氏のサイト>リンク集、べん氏のサイト>論文系、私のここ>バカ、と自然に分業体制が出来た)

 なお、入った飲み屋は8月にコミケの打ち上げで行ったのと同じ店だったのだが、
 前回なくて悔しい思い(笑)をした「越後の天然水」を頼んだら

 私:すいません、この「越後の天然水」ってありますか?
 店員:あ、ないんですよ。ところで、前も同じもの注文されませんでした?
 私:どうしてそれを!

 と、2回目なのにすっかり覚えられていたということも発覚。
 同じ店員さんだったのだが、やはりあんなもの頼む人間は居ないのだろうか。
 なんにせよ、妙に実りのある飲み会であった(皆殆ど飲んでないけど<重要)。


1998年9月25日(今日はマジックが減りませんでした)

 竜氏(仮名)が高校の体育祭の後夜祭に参加するために戻ってきている。
 で、昨日書いたとおり遊びに来た。
 フロッピー9枚分、およそ10MB(ただし圧縮状態)の彼の特選SS*1を置いていくかわりに、
 家でいらなくなった(壊れた)8mmビデオデッキをBSチューナーとして持って行った。

 午後、lainを見終わったあと、彼と一緒に横浜に出たついでに
 先日行ったネットゲームのプライベで教えてもらった「コミックマスターJ」を買ってくる。
 熱い。


1998年9月24日(祝!ベイスターズ、マジック点灯)

 今日はレポートも終わったと言うことでTVKでのんびりとナイター観戦。
 明日、竜氏が遊びに来るので掃除をしないといけないと言う説もあるが、まあいいや。

 昨日の試合は相手のミスで勝ったが、今日はまさにマシンガンが火を噴いたという格好か。
 で、最初に書いたとおりマジック点灯に伴い、

  フ ァ イ ナ ル フ ュ ー ジ ョ ン
 優勝カウントダウンモード承認!

 なので、まずはペナントレース終了までしばしおつき合いください(笑)
 しかし今日の試合、ピッチャー野村2安打っていうのはすごいよなぁ。

<訂正>
 9月21、22日両日の記述に登場したビートルズの曲「Here,There and Everywhere」の
 表記(カンマの位置)が間違っていました。
 中学校1年レベルなのに、、、。
 べん氏(仮名)、ツッコミありがとう。


1998年9月23日(彼岸の中日)

 彼岸の「ちゅうにち」ではない。「なかび」である。
 今日の野口や走塁の様子を見ているとどっちでも良さそうな状況にはなってきたが。

 今日は朝からちゃんとレポートをしたので(昼間遊んでいたけど)
 夕方までに残りのレポートの編集・印刷まで全て終わった。
 今まではほとんど〆切当日の朝に編集と印刷をやっていたことをおもえば素晴らしいことである。

 ところで、一週間ほど前からこの雑記内で「(死)」という表現が多用されている。*1
 「(死)」という表現は「(爆)」に比べより「辛そうな」表現であるが、
 これにはどのような意味が含まれているのだろうか。
 少なくとも、実際の死への指向性はまったく持たない表現ではある、と思うのだが。


1998年9月22日(台風襲来)

 台風が呼んできた凄い風で、折り畳み傘が危うく死にかけた。
 夏コミ1日目の駐車場で雨に降られている間に骨を一本折ったのを、だましだまし使用中の傘なのだが、
 今日はあまりの強風に全体的に歪んでしまったような気がした。
 いつまで使えるのかなぁ、、

 夜、どこからともなく見つけてきた「Here There,And Everywhere」をエンドレスでかけてみる。
 凄くいい曲だけに辛い。
 なんていうのか、悔しい。(昨日の後遺症)


1998年9月21日(竜氏への返答を兼ねて、To Heart SS "Ubiquity"についてのこと。)

 夜11時過ぎ。メールをチェックしたら竜氏(仮名)から、添付ファイルつきのメールが来ていた。

「マルチネタのSSを見つけた。感想聞かせて。ただ、気に入らなかったらファイルを消去して忘れてくれ」

 そんな内容のメールだった。
 送られてきたファイルがZIP形式だったこともあったので、父親が家に置きっぱなしにしている会社のFMノートを自分の部屋に持ち込んで読むことにした。
 さすがに、Virtual PCを起動するのはばかばかしかったからだ。 
 エクスプローラで表示されたファイルサイズは52KB。それも、圧縮されたテキストで。

 マルチと主人公(浩之)の普通のラブコメ。
 などではなかった。
 強いていうならばそれはマルチを舞台装置としたSFだった。

 前半を読んでいる途中、音がしないことに耐えられなくなった。
 書きかけのレポートのために起動させっぱなしのLCIIIの外付けハードディスクが響かせているファンの音と台風が呼んできた風が雨戸を揺らす音だけでは「こちら」にいられないような気がした。
 カバンの中からMDを取り出して、イヤホンを耳にはめた。
 昼間入れたONEのディスクが、そのまま入っていた。
 最初にかかった曲は、よりにもよって「雨」。

 読みながら、自分がどこにいるのかだんだん分からなくなってきた。
 体育座りのような格好で座っている足の裏にあるはずの、椅子のクッションの感覚がない。
 耳に聞こえているはずの、寂しげな音楽も聞こえなくなっている。
 浮遊感。
 気持ち悪くは、ない。

 液晶が映し出す文字列に、吸い込まれていた。
 画面をスクロールさせるためにノートパソコン特有のストロークの浅いキーを叩き続ける。

 前半を読み始めてからおよそ30分で、全てを読み終えた。
 知らない間に日付が変わっていた。

 後半に入ってから、松本零士の短篇「インパールの雪」*1が何度も連想された。

 インパール作戦に従事し、そして奇跡的な生還を遂げた兵士が、その一生を賭けて世界中の食糧需要を満たせる生産装置「食料ドーム」を作る。
 世界中に食料を満たすことが出来れば、争いはなくなる。
 その兵士はそう信じていた。
 けれど、それが国家間の力のバランスを崩すとして東京に向け核が発射され、全面核戦争を呼んでしまう。
 そんな話だ。

 進みすぎた技術を、使いこなせないのではないかという不安。
 発展への疑問。
 核兵器によって自らを滅ぼす能力を手に入れてからこちら、ヒトが抱き続けている感情だ。
 それを片方の車輪としながら、
 Ubiquity(遍在)、あるいはビートルズのHere There and Everywhereを出すことで描かれる
 一種のイデア論にも近い物語。

 二次創作?
 冗談じゃない。
 面白い物語。それで十分じゃないか。
 演出のための装置がたまたまそうだっただけだ。

 これ書いてる時点でそろそろ1時半。眠くはないが思考は論理の向こうに逝きつつある。レポートは終わるのか?(死)

 


1998年9月20日(火曜日〆切のレポートの課題図書をようやく買う。大丈夫なのだろうか?)

 東中野に「金日成のパレード」という映画を見に行く。
 これは今から10年前、共和国の建国40周年のときに正式に招待された
 ポーランドの新聞社のチームが撮影した映像を元に編集されたドキュメンタリー映画である。
 東ヨーロッパの色々な映画賞で笑いをもって迎えられ、
 様々な賞を受賞したというふれこみだったが、
 前評判通りの(ある意味)素晴らしすぎる内容に大爆笑。(*ドキュメンタリーです)
 詳しくは、そのうち北関連のページにアップしますのでご期待下さい。

 なお、見に行きたいな、と思った方はこちらのBOX東中野のサイトを参照して下さい。


1998年9月19日(椎名へきる党々大会(沖縄大会)インターネット中継)

 というわけで、レポートを書きながら聴く。
 6時台は繋がらないだろうと思ったので、7時台に入ってから接続。
 ISDN回線の威力で20.0kbpsを完全に確保しかなり快適に視聴できました(*^-^*)。
 いや、久しぶりにへきる嬢のライブを見るけど曲聴いて自然に体が動くのがなんかダメ。
 さすがに声はあげないものの机をたたいて
 たん、たたん、へきるっ!てな感じでした(爆)
 でもしばらく見ない間に色々なことがすごく成長しているのはなんか嬉しかったなぁ(^^;

 ここ最近は歌のついている曲を避けていたので久しぶりにまじめに聞くへきる嬢の曲達に、
 結構元気もらったり、
 ラストのナチもかくやという異様な盛り上がりに
 冬の党大会には行きたいなぁ、とも思ったり。


1998年9月18日(森、目黒両氏の大陸よりのご帰還をお祝いします)

 今日、サークルの会合に顔を出したときそこに置いてあった今月号のE-Loginに
 少し興味深い記事があった。
 とはいってもエロゲーの紹介記事なのだが。

 そこで紹介されていたタイトルは「EDEN」。メーカーは、忘れた。
 「EDEN」はフルポリゴンのエロゲーである。
 フルポリゴンというと思わずアーケードの「まじかるデート」のようなおそろしく不自然な人体を想像するが、
 紹介記事の画面写真を見た限りではかなりなめらかに人体が表示されており、
 技術革新に感心することしきり。
 確かにWARPのゲームなどではかなりなめらかなポリゴン人体は見ているけれど、
 裸のときの首>胸>腹の表現がかなりなめらかだったのには驚かされた。

 ところで肝心のゲームの内容はというと、
 どうやら「よく分からない怪しげな触手に女の子が襲われる」というものらしい。
 最新のテクノロジーで作られたエロゲーは、
 その中身だけ懐かしのアダルトアニメ「淫獣シリーズ」へと先祖帰りをしてしまったようだ。


1998年9月17日(痛恨の一撃

 痛恨の一撃である。
 何がかというと、レポートである。
 今日締め切りのA4で5頁以上のレポートの締め切り日を一週間勘違いして
 記憶していたために落としてしまったのだ。

 気がついたのが起きてすぐだったら5割方出来ていたこともあり完成にこぎ着けられたのかも知れないが、
 出かける寸前に気がついたのなら諦めるしかない。
 というわけで単位を2個落とすことがまず決定
 いえーい(死)
 ええそれはもう、今日は大学に逝くのやめて一日家にいましたさ。

 まぁ、教養科目だしぃ、留年しそうとかそういうんじゃないからいいけどね。全然気にしてないよ。

 リベンジの為に来年再履してやるって思ってるだけ


1998年9月16日

 とりあえずレポートを2つ提出。
 あと残り、、考えたくもない(苦笑)

 夕方から18日締め切りのコンピューティングという科目のレポートを作り出す。
 とりあえず「コンピュータを使って何かつくれ」とのことだったので
 どうせならネタ兼用(笑)のレポートを作成しようと思う。
 ネタ自体は前々から考えていた上に素材も集めてあったので行ったのは実際の作業のみ。
 あとは文章パート(1500字ぐらい)を埋めてやれば完成。
 完成したらアップしておきます。

 しかし今日の朝(3時ぐらい)はずーっとパーフェクト・ブルーのサントラ聞きながら
 レポートを書き続けていたのでちょっと危なかったです。


1998年9月15日(母親の誕生日・敬老の日)

 今日は私の母親の誕生日なのである。
 母曰く「子供の頃は老人の日っていってたから」あんまりうれしくなかったそうだが、
 そのうち一緒になるんだよね。

 ようやくレポートが2本終わりそう。みたいな(死)


1998年9月14日(あゝ、9月ももう半分過ぎるのか)

 午後、あまりごろごろし続けていると猫になってしまうと思ったので出かけることにする。
 とりあえず運動とレポートの〆切確認のために大学に行ったところむくもと氏(仮名)に遭遇。
 無駄話をする。人と話すのはいいことだ。

 ところで、大学の15分ほど手前のコンビニでまた少し妙なドリンクを買った。
「コーヒーファンタジー」(エルビー)というドリンクだ。
 500mlの紙パックで、コーヒーにオレンジ果汁と牛乳、そしてチョコを加えたとあった。
 ふと、オレンジジュースとコーヒーを混ぜたときのことを思い出し、即購入
 味は、意外なことに(笑)美味しかった。
 オレンジとコーヒーを牛乳が丸く収めている、と言ったところであろうか。


1998年9月13日

 一日中家でごろごろ。
 レポートも少し。、、、少し。

 今年はベイスターズの調子がいいのでデイゲームでもラジオではやってくれる。
 良き哉、良き哉。


1998年9月12日

 今日は土曜なのに大学で講義があった。
 論文作法、ということで論文の書き方についてであった。
 午後の講義では論文の構成法が語られていたが、そこで良い方の題材にされていたのが
 五島勉氏*1の「幻の古代帝国アスカ」であった。
 反面教師にされていたのが川尻徹氏*2のノストラダムスの本
 そういうのが好きな先生らしい。

 そのあとで、秋葉原。
 東天楼の冬の本の企画会議というか、それを肴にした飲みというか、、、

 そういえば、昨日紹介したラエリアン・ムーブメントのサイトを見つけました。
 ここです。


1998年9月11日

 大学にいったところ、たかし氏(仮名)が「寮のポストに入ってたんだよ」といって
 一冊の冊子を手渡してくれた。
 尊師が表紙に写っている、オウムの冊子だった。
「俺はいらないからあげる」と言ってくれたのでありがたく頂戴する。
 凄すぎる中身に読んで爆笑。
 皆さんも機会があったら一読することをお勧めする。いや、マジで。

 そのあとごとき氏(仮名)の下宿にたかし氏とせきざわ氏(仮名)と共に遊びに行く。
 徹夜明け(と*1)で眠いところ遊びに行ってごめん。

 その下宿へ向かう途中、日本ラエリアン・ムーブメント*2のチラシもゲットする。
 今日はそういう方面のあたり日らしい。



1998年9月10日

 今、家に工事が入っている。
 南側にある4つの窓全てで雨戸とサッシの取り替えをしているのである。
 事の起こりは7月。
 2階の雨戸の枠を支えていた木の部品が「ごとり」と落ちたのである。

 家の雨戸は(未だに)木の雨戸なのだが、その様子を見に来た工務店の人(棟梁とも言う)が
「木はもって10年だよ」
 とのお言葉に替えることにしたのである。
 家はもう、築15年を目前にしている。


1998年9月9日(朝鮮民主主義人民共和国建国五〇周年)

 今日はそういう日なのである。
 今のところニュース23しか見ていないのだが、、、すごいぞ、共和国。
 マスゲームがそれはもう美しかった。
 広場を埋め尽くした市民が一糸乱れぬ動きでおこなうパレード、
 それにあわせて国旗やスローガンがやはり一糸とて乱れることなく現れる。
 すべて、人の力によって。
 数は力である。

 ところで、今日セントルイス・カーディナルスのマグアイア選手が大リーグのホームラン記録を更新した。
 それは大変凄いことだと思うが、さすがにアメリカだなと思ったのがそのホームランボールを拾った
 グラウンドキーパーのセリフだ。
 お立ち台に呼ばれて「マグアイアさん、落とし物を届けに参りました」である。
 なんというか、センスが違う。
 そんなセリフ、日本人は頭の中で考えても実際に口に出したりしないだろう。


1998年9月8日

*今日は、ちょっと長文。
*ONEの15曲目あたりをBGMに推奨(^^;

 そこに行こうと思ったのは、全くの気まぐれからだった。
 4時過ぎ、自転車で駅前の本屋に行った帰りのことだ。

 駅から帰るときにいつも利用する道の途中に、小さな橋がある。駅から来ると、その橋を渡ってすぐのところに川に沿って左に折れる道があり、その道を進むと「住宅」に出る。
 僕の家はその道に曲がらないで、橋を渡ってそのまままっすぐ行った先にあるのだが、今日はその道で曲がろうと思ったのだ。
 変わりつつある「住宅」を、見ておこうと思ったのかも知れない。

 「住宅」というのは近所にある広大な県営住宅群のことである。昭和40年代に建設された2階建てのアパートを中心としたその住宅群は僕の住む町の中でもある種の中心であり、小学校時代の友人も多くはそこの住人だった。
 だが、さすがに老朽化が目立つようになってきたために5年ほど前から全面改装が始まった。現在の2階建て(一部平屋も含まれる)のアパート群を全て取り壊し、そこに5階建ての高層アパートを建てるという計画らしい。
 その一部はすでに完成し、今までとはあまりに違う威容をあたりに放っている。

 橋のたもとで左に曲がる道に入る。この道を走るのは、何年ぶりのことなのだろうか。
 見たはずの風景と、見たことのない風景が交錯する。
 そして、その道を抜けたところには薄汚れた2階建てアパート群の端がある。はずだった。
 目の前にあったのは、建物を取り壊した跡の更地を囲む白い金属の壁だった。その壁のすき間から見える中も、外もすっかり夏草が茂っている。
 そこはかつて僕の友人の一人が住んでいたところだった。よく遊びに行ったところで、よく遊んだところだった。
 僕は、その頃の記憶を頼りにしてあたりを回ることにした。
 まだ残っている建物が結構あったからだ。

 住宅が出来てから30年間の間に大きく成長した木々の中に、埋もれるように建つ住宅の中を自転車で走る。
 立ち退きはほとんど完了しているために、人の気配はない。風が梢を揺らす音と、遠くから響く杭打ち機の作業音だけが聞こえる。
 木の板を打ち付けた窓や、放置されたプレハブが、雑草の中に見えた。
 この地区の住宅は西向きの斜面に建つために夕陽がまぶしい。その夕陽を浴びながら取り壊しを待つ住宅群のなかで、僕は少し時間に取り残されたような気分になる。

 あたりをしばらくぐるぐると廻っていると再び白い壁が目の前に現れた。
 行き止まりだった。
 その前に、猫がいた。黒猫が4匹。
 誰がやったのか側に餌の入れられた皿が置いてある。
 一匹は親猫らしく、しきりにこちらを威嚇してくる。
 その猫達の姿に、何故だかとてもほっとした。


1998年9月7日

 とよまろ教授(ファーストネーム)の研究室の引っ越しの手伝い(その2)に行く。
 今回の仕事は前回よりも楽だった上に、人数も一人増えたので仕事は午前中で終わる。
 そのあとで教授にお昼ご飯をごちそうになり、あまつさえその後カラオケへ(また教授のおごり)。

 さらに言うならば仕事を始めたのはモーニングティーのあとからだったので(笑)
 実働2時間を切っているのに給金は8時間分出るらしい。
 国立大学に通っている身故に、そのお給金の出所はたどってみると税金であり、なんか
 税金泥棒の仲間入りをした気分であるが、それは決して悪い気分ではない。
 防衛庁の人とかの気分を、ちょっと理解(するな)。


1998年9月5日(國府田マリ子さんのお誕生日)

 そういうわけです(何が?)
 今日も横浜は勝ちました。

 北朝鮮で最高人民会議があると言っていたので、8時から(北朝鮮の)ニュースを聞こうと思ったら、
 電波状態が悪くそれどころではありませんでした。微かに向こうで何か言っているのは分かるのに。
 誰かの陰謀だろうか、、


1998年9月4日(人工衛星って言うのは本当ですか)

 ここ2日ほど家の敷地から一歩も出ていない事に気がつく。
 レポート、、、、、とTo Heartのせいらしい。
 ONEじゃなくてよかった。

 午後、中学高校の時の部の後輩から合宿の報告がきた。
 今回の夏合宿では春合宿で私のとばっちりを受けた(笑)さい君(仮名)が、
 ついに自分でマルチシナリオを終えたとの情報。(しかも実名プレイらしい)
 いいのか?(笑)

 今日の不満は横浜−中日の首位攻防戦のテレビ中継が関東ではないこと。なぜじゃー。
 どうしたテレビ神奈川!
 このままではTo Heartのアニメための放送局になってしまうぞ。

 仕方がないのでNHKの第一放送(AM)で中継を聞く。
 10回の裏、いい加減佐々木様は出てこないだろうと思ったら今日の五十嵐は気が抜けていたらしく、
 あっさりと佐々木様を召喚する事態に。
 200セーブはいいとしてもなんとなく後味がよくない。


1998年9月3日(今日はサーバに接続しにくいのは、なんでだろう)

 午前中、自宅の環境(Mac OS+Virtual PC、ハードはG3 DT233)
 で動くようになったTo Heartでとりあえずマルチシナリオを終えてみる。
 やっぱりマルチは可愛いですね(ダメダメの極み)

 午後、昨日思いついたネタである「iMulti」をカタチにするため努力。
 そんな暇あったらレポート書けよ(笑)>自分
 で、結果はご覧の通り。
 今回はSusieを利用してゲームから取り込んだ画像を、ちょっとだけ加工して使ってみました。
 (どこを加工したかはゲームと見比べてみましょう。ゲーセンのイベントの画像です。)

 マルチ128K*1とか、ネタとしてもうちょっと発展させられそうな気もするので、またやって見るつもり。

 

1998年9月2日

 めざましテレビの放送中に、菊間アナウンサーが転落事故にあったそうです。
 一日も早い恢復をお祈りします。

 今日は午前中To Heartで午後は昼寝というダメダメな時間を過ごす。
 夜は、ちょっとだけレポート。
 早く終わらせないとねぇ(^^;


1998年9月1日(防災の日)

 追浜にある「海洋科学技術センター」というところへ見学に行く。
 ただ、集合時間より大分早くついたのでその前に追浜駅前の商店街を巡ってみた。

 追浜の駅前商店街は、予想をしていたよりもサイズが大きく、またコンビニが多かった。
 工場群が近いことと関係はあるのだろうか。

 古本の収穫は1点。「ムサシの剣」というゲームブックであった。
 昔あった剣道アニメとは全く関係なく、ここで言うムサシとは宮本武蔵のことである。
 このゲームブック、翻訳物なのだが結構しっかりと日本のことが書いてあって面白かった。
(カツという名の盲目の剣客が出てきたり、タイツをはいた女忍者が出てくるのは愛嬌だろう。きっと)

 ところで、ポッカの「コーヒーウォーター」と言うドリンクをご存じだろうか?
 パッケージには「コーヒーの香りのする水」とあるのだが、なんのことはない。
 ただの薄いコーヒーである。
 久しぶりにネイティブで不味いドリンクを飲んだ気がするが、薄けりゃいいってモノじゃないだろう。